give me a chocolate!
これやる、とぶっきらぼうに渡されたそれは、廃れたサテライトには似つかわしくないほど可愛い包装紙と鮮やかな赤い色のリボンで丁寧にラッピングされていた。驚きを隠せない私は、手のひらほどの大きさの包装物とこれを渡してきた張本人、鬼柳京介を交互に見据えた。
「……くれるの?」
「そーだよ、返品は受け付けねぇからな」
腰に手を当て、感謝しろと言わんばかりのオーラを身体から放出する京介を見て、はて、と小首を傾げる。手のひらにある包装物には一体どういう意図が含まれているのだろう。ただの単純なプレゼントなのかもしれないけれど、もしかしたらこれの裏には彼なりの策略や陰謀が含まれている、かもしれない。だって私の誕生日なんて私ですら知らないし、クリスマスとやらなんかはもうとっくの昔に過ぎているのだ。だとしたら、これの裏になにかあるのでは、と疑う方が自然だったりする。
開けてみろよ、と京介に促されたのでその丁寧に結ばれたリボンを私は丁寧に解き、丁寧に折り畳まれ所々セロハンテープで接着されている包装紙をこれまた丁寧に取り除いた。そんなに丁寧にやらなくても、と言われたがこれは私の性分なので、譲れなかったりする。
包装紙を取り除くと、微かな甘い匂いが鼻腔に広がった。あ、と私は声を漏らす。
「これ、チョコレート?」
「おっ、正解。よく分かったな」
嬉しそうに京介は声を上げた。この白い箱に収まっているチョコレートの、染みつくような独特の甘い匂いは箱だけでは隠しきれないようである。蓋を開けてみればより一層その甘い匂いが鼻腔を擽り、涎が口内に広がった。
銀色の丸いギザギザとしたカップに収まるそれらはハートの形をしていたり、四角形に絵や文字が彫り込んであったりと様々で、可愛らしいチョコレート達に私の胸は躍る。その内の一つを摘み、口へ放り込めば、案の定甘い味が口内を浸食し始めた。自然と顔がほころび始める。
「うまい?」
「うん」
広がる甘みに感動を覚えつつ、丹念に舌で味わいながら言った。「すんごーくおいしい」
「そりゃよかった」
「どこで買ったの? サテライトでチョコなんて滅多に手に入んないのに」
「ほら、何日か前バレンタインだったろ。シティで余った賞味期限間近のヤツがサテライトに流れてきたみたいなんだ」
バレンタインという響きに私はああ、と曖昧に相づちをした。確か、女性が男性にチョコレートを渡す、という行事だった気がする。正直私は余りこういった類の行事には余り興味はない。
「俺さー毎年毎年、が渡してくれたりしねーかなって期待してたんだぜ」
「えっ、そうなの」
「そうなの。だけど俺もう待ちくたびれたから自分で買ってきちゃった」
少し恥ずかしそうに暴露する京介を見て、さっきは勝手に疑ってごめん、と心の中で謝罪をする。まあ当の本人には気付かれても悟られてもいないからどうでもいいのだけれど。それと同時にどうして自分で食べないで私へ寄越したのかもどうでもよかったり。
味わい尽くしたチョコレートが口内から溶けて消えたので、私はもう一つ口にしようと手を伸ばした。すると、横にいた京介が勢いよく私の手を掴み、チョコレートを摘もうとしていた手の動きを無理矢理制止させた。なんだ? と私は目を丸くしながら彼を見上げる。彼はにんまりと、何か企んだような面持ちをしていた。ちくしょう。
「三月十四日は何の日だと思う?」
「さあ……」
嫌な予感がしたので、私は適当に返事をしてあしらい、開いている方の手を伸ばした。が、それもチョコレートに届く前に京介の手に捕まってしまい、結局私はチョコレートを再び味わうことができなかった。
「ホワイトデーだっ! チョコ貰った奴がお返しする日だよ!」
「へー、そんな日あるんだー。シティはすごいねぇ」
決して知らなかったわけではない、ただ興味がないだけで、私の仲では正直どうでもいい部類の日なだけだ。
「本当はな、女が二月十四日にチョコ渡して、男が三月十四日にそれのお返しすんだよ」
「お返しは三倍返しが基本らしいね」
「そうそう……って知ってんじゃねぇか!」
いいノリツッコミだ、と私は親指を立てたが、京介はそういう問題じゃねぇと声を荒らげた。耳を劈くような声に私は身体ごと彼から遠ざかるように横へと傾ける。それでも彼は私の手をしっかり掴んだまま、離そうとしなかった。
「分かった分かった。誰からもチョコを貰えなかった京介くん。ホワイトデーの三倍返しはしてあげるから、とりあえず手を離してくれないかな」
観念したように私がそう言うと、京介は私の手から手を離した。そしてまた腰に手を当て、少し不服そうな面持ちで言う。
「《誰からもチョコを貰えなかった》は余計だな、」
「はいはい」
またも私は適当にあしらって、遮られていた手を再びチョコレートへと伸ばし一つ摘んで口に放りこんだ。チョコレートってなんでこんなに美味しいんだろうと感慨に浸る。サテライトでは菓子類など甘い物の類は値段が高かったり売り切れるのが早かったり数が少なかったりと何かと障害が多く、滅多に手に入れることができないと思っていたが、意外にもあっさりと手に入れた京介はバレンタインデーの売れ残りだと言っていた。これは見落としていたな、と過去のバレンタインデーに興味の無かった自分を悔やむ。うーん、まだ市場に売れ残っているだろうか。
あれこれ考えている内に二個目のチョコレートも溶け消えてしまったので、私はまたもう一つチョコレートを摘んで口に放り込んだ。それから、私をじっと見つめている視線に気が付いた。頬杖をついた京介が、またなにか企んでいるかのような、なにかを欲しているかのような瞳を浮かべている。
「……食べる?」
チョコレートの入った箱を持ち上げ京介の方に差し出すと、彼はとても嬉しそうに表情を明らめた。
「食べる食べる!」
犬みたいだ、と思うつかの間、彼は私の差し出した手を掴んだ。掴む場所間違えてない? と言おうとしたが、それは彼の行動によって遮られてしまった。顔が近づいてきたかと思えば、唇を重ね合わせ、緩んだ私の口唇に何の断りもなく舌を割り込ませてきた。まだ口内に残っていたチョコレートを、宝物でも掘り出すように舌で翻弄し、味わっている。咄嗟の出来事に私は数秒ほど固まったままだったが、自分が何をされているのかを理解した途端に、彼は私の口内にあったチョコレートを、自身の舌を器用に操り奪っていった。
「甘いな、でもうまい」
もごもごと口を動かしながら彼は私から奪ったチョコレートの味の感想を口にした。私は口唇を押さえつつ信じられないと言わんばかりの眼差しで彼を睨んだ。
「なにすんの、この変態!」
「おいおい。あげた本人にそんな事言っていいとでも思ってんのか?」
「……なにするんですか、このド変態鬼柳京介様」
「あんま変わってないってか、さっきより変態のランク上がってんじゃねーか」
私の頭にチョップを加えながら突っ込む彼はどことなく楽しそうだった。貶されて喜んでるなら真性の変態だと思うけど、まあ違うんだろうね。
ホワイトデーにさ、となんだかんだで箱の中のチョコレートを二人で全部食した後、子供のように無邪気な顔をした京介は徐に口を開いた。
「は何くれんの?」
「京介は何が欲しい?」
「そうだなぁ……」
彼は顎に手を当てわざとらしく少し悩んでから、言った。「愛、とか」
その言葉に私は、口直しにと呑んでいたコーヒーを思い切り吹き出しそうになってしまった。むせ返りながら私は言う。
「まじで?」
「まじで」
「……くっさー」
「うっせえ……」
照れ臭そうにそっぽを向く京介に、あげてもいいけれどなどと意地悪そうに告げると、彼は笑って三倍だからな、とはにかんだ。