愛を喰らう獣
スターダストロードを一望できる、殺風景な部屋で私はいつも彼の帰りを待っている。日はとっくに落ち、夜空に輝く星々が眼前に広がる広大な水面とガラス張りのこの部屋を明るく照らしてくれていた。そろそろか。瞼を閉じ、椅子に背を深く預ける了見の手を取って、帰りを待ちわびるかのように頬ずりを施すと、私はそっと立ち上がった。
了見がLINK VRAINSをログアウトし現実世界へ戻った際に必ず行うことが三つある。一つは、電脳世界で生きる父の生身の前で目的を果たす誓いを立てること。二つ目は、淹れたてのコーヒーを片手に、ここ最近よく広場の前に常駐している移動販売車のホットドックを食べること(彼が戻って来る前に店仕舞いしてしまうようであれば事前に私が購入しておくのが日課だ)。
キッチンへ移動すると、私はケトルに水を入れスイッチを押した。沸騰するまでの間にコーヒーを淹れるための準備をしなければならない。引き出しからペーパーフィルターを取り出し、折って、指で軽く押し当てながらドリッパーに密着させるようにセットする。既に挽いていあるコーヒー粉を二杯入れ、中央部分を気持ち程度に窪ませた。水がぼこぼこと沸騰しだす前に私は台座からケトルを離し、ゆっくりとフィルター内部のコーヒー粉を馴染ませるようにお湯を注げば、鼻腔を擽るコーヒーの豊かな香りがキッチン中に満ち溢れた。
「
」
低く、優しい声が私を呼んだ。静かに振り返れば、少々疲れ気味な面持ちの了見がそこにいた。
「おかえり、了見」
「ああ、ただいま」
「ちょっと待っててね。すぐ出来るから」
視線を了見から外し、再びドリッパーを注視する。注ぐお湯の速度を一定に保ちつつフィルターからこぼれ出ないように注いでは止め、注いでは止めを繰り返す。滴る黒点がぽたぽたと下の容器に溜まっていく。
コーヒーの香りに紛れて彼の匂いが背後から漂った。彼はうな垂れるように私の方に額を乗せると、強請るような声色で言った。
「
、ここでしてもいいか」
私の返事を待たずに了見は口唇を首筋に寄せた。湿った感触が肌を這う。血管を辿るような舌先の動きは官能的で、欲情を誘ってくる。舐められた後の皮膚下に潜む毛細血管がぴりぴりと電流を放っているかのようだ。
「ちょっと、待っ…」
「だめだ、待てない。今すぐここでお前を抱きたい」
彼がこなすルーティンの三つ目は、私を抱くこと。この三つの決め事は、いついかなる時でも彼は欠かしたことはない。血肉を食らう猛獣のように、彼は私を抱く。痛くて涙が出るほど、苦しくて呼吸ができないほど、激しく。
了見は私の服の中に手をねじ込んで、下着の上から胸を揉みしだいた。顔は首筋に埋めたまま、音を立てながらそこに吸い付く。体がしびれる。そうして彼は歯を立て、急き立てるように頚動脈に噛み付いた。そのまま噛み切って、全て飲み干してしまうほどに、強く。
「痛っ…あっ!」
「いい声だ」
愉悦を感じたのか、彼はずきずきと痛む首元で不敵な笑みをこぼした。
「だめ、こんなところで…」
「誰も見ていないんだ」
「だからって、あっ、」
胸から手が離れたかと思えば、今度はスカートの中に手を入れてきた。そうして下着の上から、突起が固く尖って気持ちよくなってしまうまで執拗に撫で回して来る。身を捩って快感から逃れようとすれば、了見はもう片方の腕で腰を強く抱き寄せてきた。
「それに、たまには趣向を変えてみるのもいいだろう?」
彼は私の脚に太ももを差し入れ脚を開かせると、そのまま指を下着の内へ忍ばせ、膣内へと侵入させた。重く鈍い快感が押し寄せ、私はぎゅっと目をつむった。
「ん、ふッ、んんッ」
膣内を探るような指先の動きに、思わず甘い声が漏れ出す。待って欲しいと懇願するように彼の手首に爪を立てるも、男の力には到底かなわない。むしろ彼の色欲を掻き立ててしまうだけだった。
「濡れているな。身体は正直なようだ」
熱に浮かされたような声が、煽るような口調で私に告げる。
「やだ、そんなこと言わないで…!」
「感じているんだろう?いい加減、正直になればいいものを」
きっと、彼に抱かれるたびに私が嫌よ嫌よと逃げ惑うことを指しているのだろう。確かに私はいつも彼の欲を全て真っ向から受け止められずにいた。怖かったのだ。彼に抱かれることで、常に彼を求めてしまう身体になってしまうことを。四六時中彼のことばかり考えてしまうようになってしまうことを。
彼は膣内から指を抜き、腰に回していた腕を離すと、私の身体を正面に向かせた。私の身体を抱き上げ、カウンターに腰を下ろさせると、有無も言わさず下着を脱がし、私の脚を大きく開かせた。曝け出された性器を隠すこともできず、頬に羞恥が募り、熱を持つ。
「いい眺めだな」
私の愛液で濡れた指を彼は再び侵入させる。子供がお気に入りの玩具で遊ぶような、愛おしげで、それでいて乱暴な手つきだった。壊れてしまっても構わない、否、壊れることなど想像もしていないような、そんな指の使い方。
「ふあ、あっ、ん、だめ、そんなに激しくしちゃ嫌…あっ!」
「嫌?どこがだ?こんなに私の指をいやらしく銜え込んでいるというのに」
思わず閉じかけた脚を、彼はもう片方の手で阻止する。淫らな水音はキッチン中に響き渡り、私の眼前にはちかちかと光が走る。キッチンの端を握って、襲い来る快感をただ唾液と愛液と喘ぎ声を零しながら享受するしかなかった。
「ああっ!」
一際大きな声をあげて、私は仰け反った。了見の親指に弄ばれて、突起が快楽の芽を芽吹かせたのだ。より一層膨張して、彼の指をまざまざと感じ、また濡れる。
「はぁっ、や、ああっ、そんなに、いじらないでっ…!」
「苦しいのか?」
私は口唇をぎゅっと閉じ、こくこくと小首を縦に振った。
「そうか、ならばこうしよう」
了見は親指を私の突起から離すと、挿れたままの二本の指を膣内で軽く折り曲げて、今度はGスポットと呼ばれる部位をねちっこく撫で回し始めた。膀胱を直接弄くり回されているような感覚が私の下腹部を襲う。快感とも、不快感とも言えぬなんとも言えない感覚だった。
「気づいていなかったかもしれないが、」
「ふっ、ぅあ、ああっ」
「ここを弄ると潮を吹くんだ。お前の身体は」
潮?噂に聞く、潮吹というやつか?きょとんとした面持ちを浮かべると、彼はニヒルな笑みを浮かべて、Gスポットを撫で回す指先の動きを性急なものへと変化させた。
「あああっ!やあ、ああ!あ、やだ、なんか、出ちゃう、やだ!」
首をぶんぶんと振って制止を求めるも、その動作は彼の瞳に映ることはない。ウィークポイントを執拗に弄られ続け、私も我慢の限界だった。身体は意思と反し、彼の手の動きに合わせて多量の潮をぶちまけた。勢い良く飛び出した潮は彼の肩にまで飛び散り、ジャケットを盛大に濡らした。
「はぁ、はぁっ、ああ…」
「ふっ…凄いな」
愛液とは違い、さらさらとした水で濡れた手を了見は見せつけるように舐めとった。あられもない姿を晒してしまい、私の顔は瞬時に青ざめる。ふと下方に視線を落とせば、床にまで飛び散った潮が視界に移った。恥ずかしい。私の胸中はそれだけだった。
「とんだ淫乱だな、
」
「ご、ごめ…」
「謝ることはない。いいものを見せてもらった」
了見はジャケットを脱ぎ捨てると、私の手を取って、その手を彼の股間へと誘った。手のひらから伝わる彼のものはいままでにないくらい固く、激しくいきり立っているようだった。
「いつものように、いい声で鳴いてくれるか?」
私をキッチンカウンターから引きずり下ろすと、彼は私に腰を突き出して立つよう命令した。言われるがまま、私は彼の言葉に従う。
「いい子だ」
耳元で、彼はそう囁く。ベルトに手をかける音が耳に木霊する。熱くとろけた私の性器に膨張した自身を押し当て、二、三度ほど筋をなぞるように亀頭を擦り付けると、一気に私の中へ侵入してきた。
「あ、ああ、りょうけっ…!おっき、い、ああっ!」
深く深く、奥まで入り込んだ了見自身は太く、固く、存在を主張している。お前は私のものだと言わんばかりに。募った欲望を吐き出すべく、彼は腰を何度も打ち付けた。がくがくと震える私の片足をつかみ上げて、より一層深く強いストロークを繰り返す。
「ああ、りょうけ、了見っ…!」
快感の波が幾度となく押し寄せる。もっと。もっとちょうだい。来て。もっと、もっと、もっと。自身が抱く恐れとは裏腹に、私は彼の動きをせがむ。身体が欲するままに、彼自身を締め上げる。
「お前は、お前だけは、私のものだ。
…」
汗ばんだお互いの肌はぶつかり合い、絶頂への道標が明確に示されていく。私は彼の激しい律動に耐え切れず、悲鳴を上げながらあっという間に達した。
「誰にも渡さない」
懇願するように、彼は言う。まるで祈りのようにも取れる言葉だった。絶頂へ達した私の性器とシンクロするように、獣のような呻き声を上げて、了見は精液を一滴残らず、私の中に注ぎ込んだ。中を精液で満たしながら彼は再び私の首元に噛み付いた。己の所有物であると示しつけるように、歯型と鬱血を残すように、強く。
まるで狼のようだと、私は思った。飢えて、乾いて、小さな少女や老婆を食らってしまうほど見境なく獰猛に、彼は私を求めているのだ。