徹夜もほどほどに
Dホイールの開発に頭を悩ませるの日々の中で、熱を出した。脇に挟んだ体温計が計測終了を知らせる電子音を響かせる。取り出すと、体温計には37.8℃と表示されていた。
若さを取り柄に踏ん張っていたとしても、肉体が悲鳴をあげるのにそう時間はかからなかった。体は正直だ。糸がぷつりと途切れたように体が動かなくなって、床に突っ伏してしまうのもまた、自然の摂理なんだろう。もう昔のような無茶が通じるような歳じゃないんだな。ふぅ、と小さなため息が零れた。
「で、何徹目だったの?」
額に濡れたタオルを置きながら、は言う。マーサの使いで様子を見に来たという彼女の面持ちは呆れそのものだった。無理もない。ひんやりして気持ちいいから、という理由だけで地に突っ伏していた姿を見られたら、そんな面持ちになって当然だ。
「分からない…覚えてないんだ」
そう答えると、拳で軽く頭を小突かれた。だめでしょ、ただでさえサテライトは医療設備が整ってないんだからちゃんと体調管理しなくちゃ、なんて言われてしまえば、返す言葉もない。
「具合はどう?喉が痛いとか、頭が割れるようだとか、お腹が痛いとか、何かある?」
「いいや、体が重い…それだけだ」
「そっか、まだ軽症みたいね。よかった」
無造作に被せただけの寝具を丁寧に整えて、は立ち上がる。
「食欲はありそう?何か作るよ」
気だるい頭を働かせる。食欲はない、なんて言えばまた怒られるんだろうな。
どうしてこうなったのか、それはジャックにDホイールとスターダストを奪われてから、馬車馬のように働いてはDホイール制作に身を投じていたツケなのは間違いない。焦っていた。大事なものを、みんなの希望を、夢を、早く取り返したかった。何より、の悲しむ顔を見たくなかった。散り散りになったものを手繰り寄せて、早く、の屈託ない笑顔をもう一度見たかっただけだ。
「…遊星?」
口を閉ざしたままの俺を心配そうには覗き込む。悲しむ顔を見たくないから頑張っていたのにこのざまか、俺は彼女に笑顔を届けたかっただけなのに。辛い思いをさせてばかりだ。
力の抜けた手を彼女の頬に添える。輪郭を辿るように指を滑らせると、彼女はそれに応えるように手を握ってくれた。
「どうしたの、遊星」
「……いや」
非力な自分が申し訳なくて、そう言うと彼女は小首を振って見せた。そんなことないよ。遊星さえいれば、私はそれでいいの。彼女はそう言って、取った俺の手のひらに口唇を落とした。最大限の愛情表現だ。広大な大海原のような慈愛に、安寧を感じる。
「俺もだ。何もいらない。ただ、側にいてくれればそれでいい」
手のひらから伝わる熱は、疲れ切った体に染み渡るように優しかった。自分のほうが体温が高いはずなのに、どうして彼女はこんなにも暖かいのだろう。
「ねえ、遊星。気持ちはわかるけど、もう無理はしないって、約束して?」
頷くと、彼女の口元が僅かに弧を描いてそのまま俺の頬に落とされた。今日は誰も来てない。二人きりであることをいいことに、そのままの細い体を手繰り寄せて、ベッドの中に潜り込ませ、抱きしめた。彼女の温もりを間近で感じると自然と瞼が重くなっていった。
まどろみに意識を投じる。こんなに心配して貰えるのなら、たまには体調を崩すのも悪くない、なんて思ったことは胸の内に秘めておこう。